第29便

今回自分は初めての災害ボランティアに参加しました。
テレビのニュースなどで現地の被害状況は見ていましたが実際に自分の目で見るのとでは全く違ったことに驚きました。

震災からちょうど2ヶ月がたっても家の水が出なくてトイレやお風呂もできないことや家の外の瓦礫が多く残っており復旧作業が進んでいないところも多くあることを知りました。

今回の活動は初めて全く知らない人と3日間過ごすので正直大変だと思っていましたが、実際に一緒に活動するにあたって先輩や教職員の皆さんと仲良くできて良かったです。

この3日間は自分にとってすごくいい経験ができたと思います。
そして、教務所の皆さんに感謝です。

2回生/男性】
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今回のボランティアには職員さんからお誘いいただき参加しましたが、私は以前からボランティアということに少し苦手意識がありました。

自分が良いことをしている、被災者を助けてあげているというように思い、上に立とうとしてしまうような気がするからです。

しかし、実際に被災された方に会い、被害の様子を見た時に感じたのは、この状況に対し、自分は何もできないという無力感でした。とても被災者を助けてあげているというようには思えませんでした。

また私が先に述べたボランティアに対する苦手意識も、実際は苦しんでいる人々の現実を見ないように逃げていただけなのかもしれないとも思いました。

今回のボランティアで私が何か力になれたのかは分かりませんが、今回参加したことで、自分が何か少しでも力になれるのであれば、あれこれ考えるよりも、またボランティアに参加できたらと思います。

 【大学院修士2回生/男性】

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今回のボランティア活動に参加して被災された方に寄り添うということの意味を感じました。

それはお寺での活動で、坊守さんは最初「大丈夫です」「ここはもういいんです」とおっしゃられていました。遠慮されているのかと思っていましたが、私たちは作業をしていく中で「何から始めたら良いかわからない」と呟かれました。

剥がれ落ちた壁や天井、倒れた家具や襖、床に散乱した食器。私はこれらを目にして悲惨な状態だと思いました。少しでも現状復帰に近づければ良いなと思っていました。

しかし、坊守さんをはじめお寺の方々は日常の景色が崩れ落ちていく様子を目の前で見てきているのでより辛く喪失感無力感などから苦しいのだろうと見ていて感じました。

ここのお寺ではカフェもやられていたので、作業をする中でメニュー表が出てきました。カフェのことについて聞いてみると少し笑顔になって話してくださいました。

ずっと暗い顔をされていたので笑顔を見ることができた瞬間は嬉しく思いました。復興作業も大事ですが、中々ゴールが見えない状況下で少しでも前を向いてくれる、笑顔になってくれるようにするのも大切だと感じました。

3回生/男性】

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被災地の様子はテレビやネットのニュースでは目にしていましたが、倒壊した建物やお墓、車両が通行できないほどに損傷した道路を実際に見るのは初めてでした。

2日目の活動中、大切にしていた思い出のものも捨てざるを得なくなってしまった状況を目の当たりにして心が痛くなりました。

泥だらけになった服や家具にどれだけの思い出が詰まっているのだろうと考えると、解体してゴミとして捨てるのは心苦しく感じることもありました。

それでもお寺の方々は感謝を伝えてくださり、TATとして活動させていただくことができて良かったと思いました。

2日間とも雨や雪で気温も低くて大変でしたが、このような気候での避難所生活を送ることの方が大変だと思うので、不自由なく生活できていることのありがたさを改めて実感しました。

災害が起こらないことが一番ですが、もし今後もTATの活動があればぜひ参加させていただきたいと思います。3日間ありがとうございました。

2回生/女性】

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輪島までの道はまだまだインフラが整っておらず、お邪魔したお寺でも水がまだ出ないという状況を目の当たりにして衝撃を受けました。

ご高齢の方が多い地域が地震によって分断され、復興と言う前に、生活やご自宅の清掃さえままならず、不安を感じておられるのだと思いました。

受け入れてくださったお寺の方々は、気丈に明るく接してくださいましたが、さまざまな思いや悲しみを抱えておられることも感じました。

たった数時間しかいなかった私たちがしたことは無いにも等しいちっぽけなことだったと思います。ですが、ゆっくりお話を聞くためにまた来たいと強く思いました。

先行き不透明な状況下にも関わらず、私たちの受け入れ体制を整えてくださった能登教務所の方々には本当に感謝しています。

ありがとうございました。

 【スタッフ/女性】

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今回参加させていただき一番印象に残った言葉は、災害によって住居や生活だけでなく地域コミュニティさえも離れ離れになった、という言葉です。

テレビでは災害の悲惨さや仮設住居の状況等は報道されるが住民の本当に必要なものや考えはあまり報道されません。

実際に現地で活動することで初めて知ることができることもあることがわかりました。とても貴重な時間で改めて災害の残酷さや齎すもの等考えさせられる機会になりました。

さらに、卒業を目前に集団行動ができてとても良かったです。同じゼミの同級生と教授以外の話したこともあったこともなかった人たちと話ができてよかったし、コロナ禍でしたがゼミでの活動や大学での活動、TATの活動を通して交流できたのでよかったです。

ありがとうございました。

4回生/男性】

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今回のTATに参加して感じた事や感想は、自分の出来ることは小さなことしかやれなかったのと、少しでも誰かの復興の助けになっていたなら嬉しい気持ちがあります。

2日間で2箇所のお寺を回りましたが、どこも瓦であったり土壁が剥がれ落ちて悲惨で、簡単には表現しきれない状況でした。

今までテレビのニュースなどでしか状況を知ることが出来なかったが行って見てわかったのは、大変な中でも何とか復興させて暮らしを戻そうとする人の懸命さと、お寺においては門徒さん達がとても熱心にお寺を助けようとしていた事が凄いと感じました。

最初は沢山やるぞと意気込んで現地まで行きましたが、現地の状況を自分の目で見て復興の手伝いをしている中で数時間しか手伝うことができないことに心苦しい所がありました。

しかし、「ありがとう」と言われたことで自分ではあまりできなかったと感じていても、誰かの助けになることが出来たなら良かった、また行きたいと思いました。

 2回生/男性】

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はじめて、災害ボランティア活動に参加しました。そのため、当然のことですが、TATの活動に参加したのもはじめてでした。

昨年の10月以来、悲観的になるニュースしか入って来ず、同年の12月には地方自治のあり方も問われるようななか、能登半島地震が起こりました。

20243月現在も、多くの方が困難な状況に置かれていて、自分自身にできることが小さくても、なにかすべきだと考えて、今回の活動に参加しました。

あまりに悲しく、絶望的とも言えるような社会状況をみて、少しでも世界をよくしていくことができるのだと、そういう思いでした。

TATでの活動は、大変ではありましたが、教職員と学生が一丸となって、日頃は交わさないようなコミュニケーションを取り、少し打ち解けて、笑い声も起きるようなものでした。

それは、決して状況への楽観視ではなく、つらい状況に関わっていくときだからこそ、活動を継続してためにこそ、そして少しでも悲しみを喜びに変えていくためにこそ必要なものなのだろうと感じました。

私自身も今後も、継続的に関心をもち、活動に携わっていければと思います。

【スタッフ/男性】

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今回能登ボランティアに参加してみて感じたことがあります。それは復興とは何をもって復興であるのかという点です。

道中の道路も民家も寺院も片付けることだけでも大変で、元通りに戻すことも実際に見たことで難しいことだと思いました。

今回ボランティアの活動内容としては主に片付けをしましたが、壁材や瓦、雨風にさらされて使えなくなった生活用品など沢山のものを撤去しました。

落ちているものは片付けることが出来ても、柱が崩れていたり、建物が斜めになっていたり、これらの事は今後どうやって直していくのだろうか、そもそも直すのだろうか、と疑問が尽きません。

今回片付けで少しだけでも手伝えたことで助けになっていればと思うのですが、それだけでは地震によって起きたこれからどうしていこうという気持ちはどうにもならないのだろうと思います。

また、機会があれば是非参加したいと思います。私の行動で少しでも能登の方々の力になれればと思います。

 3回生/女性】

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23日という限られた時間・状況の中での訪問・作業ではありましたが、現地の厳しい状況と、そこで生活をされている方々の思いの一端に触れさせていただくことができたのではないかと思っています。

特に、現地の寺院に所属されるご門徒の、「皆で大切にしてきた地域のコミュニティが一瞬で分断されてしまい、その回復が困難であることが非常に悲しく悔しい。これまでの繋がりの大切さにできる限り配慮した復興のあり方が模索されるよう強く望む」という心からのお声が、強く印象に残りました。

東日本大震災の時もそうだったと思いますが、本当に大切なケアや支援、復興の方向性は、喪われたものに対する人々の悲しみの声に耳を傾け共感していくところからしか始まらないのではないかと改めて感じました。

また、こうしたお言葉に耳を傾ける学生さんたちの姿に接し、現地に身を置き、その地に生きる人々の声を聴く学びの大切さにも深く思いを致しました。

【スタッフ/男性】

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美しい雪景色の中に、崩れた道路や山々、倒れた家屋が突然視界に飛び込んできて、被害の大きさに心がキリキリと痛みました。

この地に暮らすみなさんの生活が一変したあの日を思いながら、お片付けのお手伝いをしました。私自身には何のスキルもなくできることは少ないのですが、人手が集まることで進む作業もありました。

とにかく「行ってみる。やってみる」ことの大切さを学びました。

「効率化」の名の下に、お寺やコミュニティの生業や暮らしが奪われようとしています。けれども、この地ではもともと人のつながり、自然の豊かなつながりが、長い年月をかけて受け継がれてきました。

この「つながり」に今回私たちもほんの少し参加させてもらいましたが、この地で育まれた「つながり」を豊かにしていけるように、これからも想いを寄せ、自分にできることを探していきたいと思いました。

ほんの少し片付いたお庭に、これから落ち着いた暖かい春が訪れることを願います。

 【スタッフ/女性】

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今回、人生初の災害ボランティアへの参加ということで、何が必要でどんな作業を必要とされているのかが全く想像できない状態でした。

そのため、TikTokInstagramなどのSNSを駆使し、今まで能登へボランティアに参加した方の情報や、現地の方の映像などをみてボランティアにのぞみました

しかし、実際に輪島のお寺に行く道中で、現地の実態は、全く違うことを知りました。道が崩れ、ガードレールの柱がむき出しに宙に浮いていたり、家が崩れ屋根しか見えない状態でした。

ニュースで、復興しつつあると言っていたのもあって、ニュースやSNSとのギャップが凄すぎることに、心が締め付けられる様な感じを受けました。

そんな中、ボランティアに行ったお寺は、敷地が広くお家も大きかったです。瓦が沢山落ちていて、玄関が崩れていたり、柱が傾いていて壁が剥がれ落ちていたりしていました。

皆で外と中に別れて、中の割れたお皿や木材、ガラスと土壁を分別しつつ外に出し、それをバケツリレーで搬出しました。要らないものを外に出すのは重たいし量も多いので、体が痛くなりました。

それを含めて、作業などが楽しいといった言葉は、不謹慎だと思われるかもしれませんが、ボランティアを1日行っていく中で、坊守さんとたくさん話して、段々笑顔で話してくれるようになってきて、それがとても嬉しかったです。

ギャップへの苦しさや悲しさは、消えることは無かったのですが、現地の人の強さを目にして、ボランティアとして参加している身で、ギャップが…、など言わず手足を動かすしかない!と思えました。

最初、捨てる物や壊れた物を運べば、被災された方々の助けになると思っていましたし、20人くらい居たらなんでも出来ると思っていました。

しかし、このボランティアを経験して、素人にできることは少ないし、被災された方々のサポートがない限り、ものを運ぶことすらもできないという無力な自分を知りました。

1回の参加でこの無力感なら何回行っても変わらないかもしれないという思いもありますが、何回も行くことで、少しずつ助けになっていき、気持ちも捨てるものや瓦礫も、100パーセントではなく、1パーセントずつ軽く減らして行けたらと思いました。

今回のボランティアを経て、次回の参加が、授業によって可能かは分かりませんが、できる限り参加したいと思いました。

3回生/女性】

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今回TATの活動に初めて参加させていただきました。事前には現地がどのような状況なのか(活動時の天候も含めて)、十分にわからない中、ビギナーには多少の不安もありました。結果的には幾ばくかの支援活動ができ、また全員が大きなケガもなく無事に帰ってくることができて、ほっとしています。

大学を出発し現地に向かうバスでの道中、木越先生の最初のアナウンスで「初参加の人たちも多いですが、これまでの続けてきたTATの活動では失敗したことはありません。ただし、成功もしていません」という一節が印象的でした。

わたし自身、今回参加する中で実感したように、こうした支援活動には「成功」という輝かしい目標はそぐわないのだと気づかされました。

被災者の方々が失われた、これまで当たり前だった日常に少しでも近づけ、生活やコミュニティを取り戻そうとする支援活動は、おそらく「成功」といった尺度では測れないものを目標にすべきなのでしょう。「当たり前の生活」には、成功も失敗もないわけです。

加えていえば、そのことは被災された方々ばかりではなく、私たち自身にも当てはまるのかもしれません。

昨今の世界を取り巻く状況では、「当たり前だと思われてきたこと」が、実際にはそれほど当たり前に続いてきたわけではないことに、多くの人が気づかされるようになりました。

多くの人たちの支えを通して、わたしたちの「当たり前」は持続できているのでしょう。だからこそ、私たちはその大切さや有り難さを共有しながら、被災地の方々と共に歩んでいけるのかもしれませんし、またそうすべきなのだと思います。

最後になりましたが、今回の活動を支えてくださった教職員の運営スタッフの皆さまに深く感謝申し上げます。ありがとうございました。また、お疲れ様でした。なにからなにまで完璧な運営で、全幅の信頼を寄せることができました。

おかげさまで、ビギナーの私としては、自分のできることはわずかであっても、それに集中して取り組めました(いろいろ迷惑もお掛けしたかとも思いますが)。

TATは今回で29便ということですが、これまでの活動経験の蓄積は並大抵のものではないと感服しっぱなしでした。力の抜けたユーモアにも癒されました。

また機会がありましたら、どうぞよろしくお願いします。

【スタッフ/男性】

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今回のボランティア活動に参加させていただき、とても良い経験ができました。

2日目に行ったお寺では、坊守さんと一緒に作業をしたのですが、捨てるもの捨てないものなどを選ばれているときのお姿を側で触れさせていただき、地震で日常が無くなることがどれ程のことなのか改めて考えさせられました。

全てを片付けていくわけにはいかなかったこともあり、作業としては全く進められませんでした。一つ一つ積み重ねていくことが重要なんだなと感じました。

私は、今回のボランティアでは、被災された地域の復興にとっては全然役に立てなかっただろうと思いました。ですが、私達の活動が復興に向けての最初の一歩になってくれれば良いなと思います。

また、次回ボランティアに参加できる機会があれば、応募しようと思います。本当にありがとうございました。

 3回生/男性】

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共に歩むとは、相手が大切にしていることを自分も大切にすること。そう感じた今回のTATでした。

作業内容は落ちて壊れた瓦や壁材、傷んだ畳の運び出しなど、ものを動かすことにほぼ尽きました。被災地の被害の大きさからすれば、ささいな量だったといえるかもしれません。

しかし、それは同時に、地域の方々が大切にしてきたコミュニティや伝統を回復させるための一歩であり、その思いは、一同が雨雪に打たれながら真摯に作業している姿を通じて地域の方々に伝わっていました。私はそのことを地域の方のお言葉と涙によって痛感しました。

帰宅後、被災地の友人が復興のために行っていたクラウドファンディングに協力することを改めて決めました。

私は、被災地のみなさんが大切にしてきたことを共に大切にすると伝えるために、自分にできることを続けたいと思います。

【スタッフ/男性】

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連日、メディアを通して伝えられる被災地の状況は、道路が通行可能になり、水が使えるようになり、仮設住宅への入居が始まるなど、一見すると復興が進みつつあるように見えがちです。

しかし、実際は、地域に暮らす人びとがこれまでどのような暮らしをしてきたのかという歴史や誇り、これからどのように暮らしていきたいのかという想いや願い、といったものがそこには反映しきれていないということを実感しました。このままではコミュニティが壊れてしまう…という地域の方の声からは、いま進められていることがいったい誰にとっての「生活再建」「復興」なのかという疑問をいだかざるを得ませんでした。

今回、限られた時間のなかでできたことは微々たるものですし、暮らしを取り戻すまでにはまだまだ時間がかかると思いますが、この活動を通して、地域の皆さんにとってなにか小さくてもお役に立つことができたのならば、とても嬉しく思います。

 【スタッフ/女性】

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被災地清掃作業に入らせて頂いたいずれのお寺も屋内外の著しい被害状況にありながら、「ここよりもっと大変なところもある…」と、他所を慮るお姿が印象でした。

ある寺院の総代さんは「震災被害はコミュニティの分断」と仰いました。復興支援の合理化は蓄積のコミュニティを分断し、崩壊させていく不安と痛みがあることを話してくださいました。

生活のための迅速な安心安全の復旧は重要不可欠ですが、その生活を支えていたものは人の歴史や思い出や心や希望ではないか。理想・理念ではなくそれが生活の実態ではないかと思います。

今回の活動では、ああしたらよかった、こう協力できたらよかったと多く反省がありますが共同作業だから反省もできるので、これが一人だと反省すらできません。

23日のわずかな時間でも共同体のつながりや思い出ができるのに、長年の村づくりはいかほどでしょうか。

わたしたちが触れ、運搬した大量の瓦礫にもはかりしれない歴史と思い出があるはずで、つまりは人の心で、そういうものたちを扱っていたのだと、今胸が痛みます。

一方、ボランティアの陥りを感じもしました。着々と進む片付けに達成を感じ、お礼を言われて終われても被災地の方たちは先もしれず続きます。

この二者関係をどう考えたらいいのか、まだわかりません。

二者関係にするからわからないのでしょうか。防災の心得は「わがごと」と言いますが被災の「わがごと」とは何なのか、佇んでいます。

東日本大震災以来のTAT同行で、久しぶりにTATTシャツやビブス着用に複雑な心境でしたが国土の地質柄、地震災害は免れないし近年の気象変動による天災を思えば何らかの災害は大小否応なくおこるだろうことは周知のことです。

だからビブス着用にため息をつくのではなくただできることすべきことをする、いっしょけんめい生きていく希望のオレンジ色にしたいです。

「ともに歩みたい」。陳腐で馴染めなかったこの言葉は活動を重ねる中で、とても難しくて、だけどときどき、うわぁーっとしみてきます。

活動も、人生も、そう思えるように生きたいです。

能登教務所の方々にも大変な中お世話になりありがとうございました。

 【大学院修士2回生/女性】

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能登半島の震災復興支援活動のために、宿泊地となった能登教務所から輪島市に向かいましたが、その道中の道路の損壊度合いの激しさや建物の倒壊の様子を目の当たりにして、テレビや新聞で見ていただけでは本当には分かっていなかった地震の激しさを実感しました。

片付けの作業を担当したお寺の損壊もひどく、これまで続けられてきた日常が地震によって突然に断ち切られてそのまま残されていました。

教職員スタッフや学生たちと一緒に片付けをしましたが、1日で片付くわけではなく、継続的な支援活動が必要だと痛感しました。

自発的にきびきびと動く学生たちの活動の様子はとても頼もしく、今後の支援活動にも力になってくれるでしょう。

多くの方々のご協力で今回の復興支援活動が支えられていたことに心からの感謝を申し上げるとともに、被災地の復興を願いつつ今後も支援活動を継続していきたいと思います。

【スタッフ/男性】

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私はこの活動に参加してみて、人の温かみを感じることができました。

参加する前は自分の地元である石川県を少しでも復興させることが出来たらいいなという思いでこの活動に臨みました。

しかし今回、自分のした事が自分の地元のためだけでなく、被害に遭われた人たちの心の支えになれた事が、私がこの活動をして一番良かったと心の底から思えました。

私自身も復興活動を手伝い、実際に被害に遭われた人たちのお話を聞き、自分なりに思うことや考えさせられたことが沢山あり、今後の生活において何かしら活かしていくことがあるかもしれないとすごく感じました。

今回の活動だけでは被害に遭われた人や土地もまだまだ完全に元の状態には戻れてはいないので、次回またこういう活動がある際は積極的に参加していきたいと思います。

3回生/男性】